2015年1月29日木曜日

私たちにも、会いにきてください。

1週間前の23日にJリーグとJ's GOALのサイトが統合されるという発表があり、それを受けてご挨拶をTwitterに書き込んだら、かつてないほどのリツイートがあって、しかもドメサカさんのブログにまで取り上げられてしまいました(熊日さんに顔まで出てしまいましたし・笑)。九州J-PARKのたちあげに関しては好意的なコメントを書き込んでくださる方が多く、始めることにして良かったなと思っています(実際に意見を出し合う直前まで、個人的にはどちらかといえば難しいのではないかと思っていましたので)。同時に、九州J-PARKをどうにかして踏ん張って動かし、皆で成功させなければという思いも強くなってきています。

J's GOALのコンテンツとして蓄積された過去の記事や写真、寄せられたコメントなども新サイトがオープンすると閲覧できなくなるということで、ユーザーの皆さんも懐かしい写真を保存しにいったりされているようですけれど、やはり7年もやっていれば私としてもそれなりに愛着があり、複数の媒体からご依頼を受けている新シーズンに向けた選手名鑑の原稿作成や、イヤーブックに掲載する監督や社長のインタビュー原稿の仕事もあって慌ただしいなか、時折覗きに行って過去に撮った写真や書いた記事などを振り返ったりもしていました。

今回の件に関して我々に通知があったのは昨年の11月後半だったと記憶しています。
決まったことは動かしようがなく、それでも正式に発表があるまで、新しいサイトが立ち上がってクローズするまでは、J's GOALは今までと同じように見ることができたわけですが、通常、というか今までであればこの時期、各チームの新体制発表や始動のニュース、キャンプレポートや新戦力紹介といった原稿が毎日のようにアップされていたにも関わらず、今年は何も上がって来ないな…と不思議に思っておられた方も少なくないと思います。

我々としてはそういう状況は知っているわけですが、時々見に行っても現場のライターからの新しい情報がアップされていない状態を見て(クラブのオフィシャルリリース系のものは上がっていましたが)、何と言うんでしょうか、閉店間際のお店に立っているような、とても寂しい気持ちになりました。新しい商品(記事や写真)が入って来なくて、客足がだんだん遠のいて、うら寂しくなっていくような、あの感じ。切ないというか、あー、ここももうなくなるのかぁと。

あそこに蓄積されたものは単なる試合周りの情報ではなく、その時々のスタジアムの空気や、そこにいたたくさんの人たちの感情だったんだなと、あらためて思ったものです。そしてそこに関われたことの嬉しさも。

いろいろありました。

熊本のサポーターの皆さんには、あのサイトを盛り上げていただくのにも大変協力してもらいました。試合前の写真ではたくさんの人に声をかけさせてもらいましたし、笑わせてももらいましたし、泣かされたことも何度か。あとは藤本泉ちゃんを呼んだ時をはじめ、web voterという投票ものの企画の際には、クリック隊(笑)が大活躍でしたよね。


皆さんに愛されたファンサイトはクローズしてしまいますが、そこを支えてくださった熱は冷めないと思っています。

九州J-PARKは、J' s GOALに比べればクオリティや情報量は落ちてしまうかもしれません。記事は無料で見ていただけますが、広告を出稿いただくスポンサーがつかなければどこまでもつか、いつまで続けられるか、正直見えないところもあります。

先日、第152回直木賞を受賞した作家の西加奈子さんが新聞に寄稿したコラムに、「書店に行って、私たち(作家と編集者と書店員)に会いにきてください」という趣旨のことを書いておられましたが、私も同じような気持ちです。

我々に会いにきてください。そしてシェアして拡散していただけたらと思います。


ぜひともよろしくお願いします。

©J's GOAL  この写真、通算のアクセスランキング7位でした。誇らしい。

2015年1月23日金曜日

お世話になりました。

Twitterに投稿したもののまとめです。


本日発表された通り、Jリーグ公式サイトとJ’s GAOLが統合されることになりました。簡単に言うとJ’s GOALでの情報発信は終わります。新しいJリーグ公式では今後おそらく、J2関連の情報を取り扱う割合はおのずと少なくなるでしょう。基本的に、これまでのような形では我々は関与しません。

J’s GOALでは、ロアッソ熊本がJ2入りした200712月から7年にわたって仕事をさせていただき、試合プレビューやレポート、2009年に始まったJ2日記、その他プレシーズンの戦力分析企画や移籍関連の選手紹介等、長短取り混ぜ合わせて500本以上の記事を署名で書かせていただくことができました。

それら全ての原稿は、日々の練習後に時間をとって取材に対応いただいた歴代の監督、そして在籍した全ての選手の皆さんの協力があって生まれたものです。ピントのずれた私の質問にも分かりやすく、教えるように対応していただいたおかげで、たくさんの記事をお届けすることができたと思っています。

J2日記に関しては、2009年以降、シーズン終了後に『J2白書』として書籍化され、これまで6冊を刊行するに至りました。共著という形ながら、田舎のライターでも胸を張れる著作の実績を作ることができました。発行元である東邦出版様、編集にあたったSEA様、購入いただいた読者の皆様のおかげです。

ちなみに2014シーズンの分までは、これまでと同じように『J2白書』として1月21日に発売されています。書き下ろし原稿も収録されていますのでぜひお買い求め下さい。これまでの分をご購入でない方は、2009年版からまとめてお買い上げいただけると、制作に関わった1人としては大変嬉しく思います。

当初はサッカーの試合を見て記事を書くこと自体に慣れておらず、これまでを振り返れば的外れな視点で情報をお伝えしたことが多々あったかと思います。そんな中でも熱心にお読みいただいたユーザーの皆様、記事へのレスポンスを下さった熊本サポーターの皆様にも、心から感謝申し上げます。

web、書籍を問わず、皆さんからのレスポンスは間違いなく、私の力になりました。また他クラブ担当のライターさん方が綴る、個性的で熱く面白い記事の数々を読むことは、様々なスタイルの文章に触れる機会でもありました。つまりJ’s GOALは、書き手としても刺激的で、貴重な場であったわけです。

スポーツを書くライターとして育ててもらったwebサイトで、熊本のJ1昇格を伝えられなかったことが、今となってはとても残念です。とは言え池谷さん、北野さん、高木さん、吉田さん、そして小野剛監督と、有能な監督の方々の言葉に触れながら、チーム同様少しずつですが成長させていただいたと思います。

選手達と同じように我々も成長し続け、お伝えする記事の質を少しでも高めていくことが、伝える立場にある者の使命だと思っています。ですからいつか必ず、昇格やリーグ制覇の瞬間と、そこに至った歴史についてお伝えできる日がくることを信じて、これまで同様に取材を続けていきたいと思います。

というわけで、J’s GOALでの情報発信は昨シーズンまでで終了です。7年間に渡りお世話になったJMP様、個性的なライター陣をまとめた霜越社長以下SEAの皆様、そして取材や撮影にご協力いただき、記事を読んでくださった全ての皆様に、あらためてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。で。

コメント等、試合周りの情報のニーズは高いと思われますので、九州においては、J’s GOALに関わっていたライターを中心に、これまでに近いスタイルで情報発信していけないかを検討した結果、新たなwebサイト、『九州JParkを今月11日より既に立ち上げております。

コンテンツとしてはJ’s GOALを踏襲するものになっていますが、今まで以上に内容の濃い、九州ならではの情報発信ができるサイトを目指し、担当者一同、力を合わせてアイデアを出し合いながら進めてまいります。ついてはこれまで同様のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

なおロアッソ熊本も含めた熊本県内のサッカー情報に関しては、昨年10月に始めたwebマガジン『kumamotofootball journal』にて発信していきます。月350円(税別)の課金をさせていただいておりますが、こちらもご利用いただければ幸いです。


また会いましょう



2015年1月20日火曜日

告知です。本が出ます。


本と言っても恒例になっている『J2白書』なんですけれど、明日、発売になります。
既に書店に並んでいるところもあるかもしれませんが、熊本県内の場合は若干入荷が遅れるのではないかと思います。

詳細はこちらから






















今回、通算で6冊目。
J's GOALの超人気コーナー『J2日記』にアップされたもののなかからチョイスされた記事、各クラブごとのシーズン振り返り書き下ろし原稿、オフィシャルカメラマン選定のベストショットなどに加えて、今回初めて、●●●●●が!(もったいぶるほどのものではないのですが)

昇格チームのホームタウンでの取り扱いがどうしても多くなるので、書店への入荷も熊本の場合はやや少ないかもしれません。

過去の分もふくめ、ご購入でない方はこの機会にお求めいただけると幸いです。


またhontoでも購入できます。


この本、まえがきにあたる「はじめに」というコーナーと、あとがきにあたる「おわりに」というコーナーがあって、今回は「はじめに」を山形担当の佐藤円さん、「おわりに」を松本山雅担当の多岐多宿さん、つまり昇格チームの担当ライターさんが書いています。

ここ、書きたかったなぁ。



さて、チームは明日全体トレーニングが始まり、3月の開幕に向けて本格的なスタート。
2月には今年から始まるスカパー!ニューイヤーカップで浦和、清水、磐田との対戦が既に発表されていますが、昨年同様にトレーニングマッチも多くこなしていくことになるのでしょう。

本格始動が他チームより遅かったので私個人的にも出遅れてる感がありましたがこれでようやく追いついた感じ。

現在はEG様の大小とSD様の選手名鑑の原稿をヒーヒー言いながら書いておりますが、各誌とも記事のテイスト、それから内容というか、方向性が違いそれぞれにカラーが出ることになると思うので、こちらも見比べていただけたらと思っております。


明日の始動の様子、それから新体制発表会見の様子は、
九州J−PARKでお伝えします。






2015年1月18日日曜日

網が破けていたのかもしれない。


フリーとしてやっている私はサッカー関連の仕事が全体の半分〜6割くらいを占めていますけれども、それ以外のジャンルも当然、やります。(完全にサッカーの人、というわけではありません・笑)

ラーメンや洋食や丼ものなんかの取材に行っては、ストロボセットをセッティングして撮影をし、もちろん試食もさせていただいて料理人の方に話を聞くし、エンブレムに馬のシルエットが入ったチームの選手だけでなく、高校生や社会人のアマチュアの——サッカー以外の競技の——選手や指導者、そして生活の一部としてスポーツを楽しんでいる人に話を聞くこともあります。

ときには映画監督や音楽家など、何かを表現する仕事に携わっている人の取材もするし、シイタケ農家さんや左官職人さんなど何かを作る人、科捜研や税関といった堅いイメージの仕事に就いている人、そしてときには自治体の上の方の役職の方だとか、会社の社長さんなんかに話を聞くこともあります。

それから最近はだいぶ少なくなりましたけど、道行く人にいきなり声をかけて話をし、笑顔を引き出して写真を撮る、なんてこともやっていました(実はこれ、若い頃は最も嫌いな業務でしたけど、今はわりと得意。もちろんフラれるとへこむのですが)。

こうやって材料を揃えるまでが仕事の半分で、あとはもちろん、書くという工程が残っています(あくまで工程。時間配分や力加減の割合は案件によっても違いますし、書くという工程だって細かく分けると5〜6段階の工程があるのですけれど)。

で、取材に時間をとって対応してくださる皆さんや、撮影用とは言えちゃんと味付けもして料理を作ってくださる皆さんが私に何を期待しているかというと、やっぱりでき上がった記事なり写真なりを通して、言いたいことや見せたいことがしっかりと伝わることであり、それによってお客さんが増えたり、記事を見た人から声をかけられたり、そういうレスポンスがあることなんだと思います。

そして時々は、「反応があったよ」ということをご連絡いただくこともあって、実はそれが我々書き手としては最も嬉しいことの1つでもあります。時にはクレームも、まぁ、あるんですけど。

で。基本的には、私が関わっているような仕事の場合、もし間違いがあったら外に出るまでの間に引っかかるよう、チェック体制ができているのが普通です。

ほとんどの仕事には発注主がいて、一次情報源(取材先)から素材を仕入れて加工し、企画チーフやデスクが味をチェックし、最後に編集長が見栄えまで含めてお客に出して良いかどうか判断する、みたいな流れがあるわけです。つまり、安全なものは出荷して良いけれど、何らかの瑕疵があるものは外へ出さないように何枚も網が張ってある、そんなイメージですね。しかしこういった仕組みは、どんな業種でも備えているんではないでしょうか。製造業でも運輸業でも、金融機関とかでも。

ですからたとえば、最初に書いた原稿に間違いがあったとしら、だいたいどこかで引っかかります。間違いがない場合でも、「これは出したらダメ」というレベルのものには途中で手が入って、整えられたり磨かれたりもする。

それでも、致命的な間違いや瑕疵のあるものが網に引っかからず外に出てしまうことも全くないとは言いきれないわけで、それはもちろん、最初に間違ったのが最たる原因です。しかし一方で、「網にも何らかの問題があるんじゃないか」と考えた方がいい場合もある。そもそもそういうことが生じた時のために用意されているにも関わらず、網が機能してないということになれば、何を見てたんですか? ちゃんと見たんですか? ということになっても仕方ない。


で。


愛媛の話なんですが、Jリーグ側の見解と今後の対応についてはスポーツナビに川端さんが書いておられ、おそらく愛媛の方であった会見を受けては、質疑応答の詳細は載っていませんがエルゴラッソの愛媛担当・松本さんがブロゴラで書かれています。

それによれば、現時点までの愛媛FCによる調査で事実関係は確定している、ということになっているけれども、改めて第三者委員会を設けて再調査をした上で処分が決まる、とのこと。

判然としないところもあっていろんな見方があるし、Jリーグ側の見解と同じように、私としてはチェック体制にも問題があったんじゃないかと思うのだけど、いちばん残念なのは、どんな理由があったとしても、サポートしてくれているお客さんや現場で汗を流している選手・スタッフの方を見れてなかったのかなぁということ。

何の仕事をしてても厳しいことを言われれば落ち込むし、もう嫌だと思うことだってありますけど、力をくれるのも周りの人たちですもん。もしかしたら今回の件で気持ちが離れていく人もいるかもしれないけど、それでも叱咤激励して支えてくれる人はいるわけですから、そういう方たちに喜んでもらいたいと思えばそれに応えないといけない。

再調査の結果と正式な処分の発表があるまでは状況は先に進まないし、「ならぬことはならぬものです」なんですが、各所にダメージの少ない形で収まればと思います。

熊本にとって愛媛は縁があるクラブ。

06年のJFL昇格は愛媛のおかげだったし、08年のJリーグ初めての試合の相手が愛媛でした。13年に途中から来た堀米君は今年から甲府に帰りましたが去年愛媛でブレイクして熊本もやられたし、去年は園田選手も来た。テレビでは武者がえしと母恵夢の対決もあったりして、親近感もある。

何より、一緒に上を目指して戦っていきたい相手ですからね。

破けたのなら何回も補修すれば、網だって強く、破れないようになるはずです。




2015年1月14日水曜日

まる10年でひと区切り。

新シーズンに入り各チームいろいろと動きがあり、今日も公式からたくさんリリースが出ました。

そうしたなかでも山口武士コーチや大瀬良くんの退団というのは…、やはり残念です。いろんな事情があろうかと思いますが、2人とも2005年の九州リーグ時代からチームを支えてきた存在だったし、付き合いも長く、いろいろと思いもありますし。

タケちゃんの場合は、もちろん引退ゲームとなった09年の50節(笑)富山戦のあのゴールが大変印象深く、スタンドで見ながらあふれてくる涙をこらえきれなかったのを覚えています。



それと同じくらい記憶に残っているのが、鶴屋のサテライトスタジオで行われたいちばん初めの新体制発表。プレス資料として配られた選手名簿に彼の名前を見つけた時には、正直鳥肌が立ちました。

ギャラリーからはこんな声が聞こえたものです。

「タケシ! お前にかかっとるぞ!!」

その辺りの様子は、彼が引退することを発表したあとのJ2日記で書きました。

その後アカデミーでコーチとなり、一昨年の吉田靖監督体制でトップのコーチに。チーム状況的にも苦しいなか、選手とコーチ陣の間をつなぐ仕事も大変だったと思います。

そして大瀬良くん。

振り返ると現役の頃はそんなに話す時間はありませんでしたが、距離が縮まったのはやはり09年、北野誠監督(現讃岐監督)体制でトップのコーチになった年。

彼も同じように、現場での苦労があったと思います。

2人ともほんと、お疲れさまでした。

これからもサッカーの周りにいれば必ず会えると思うので、それぞれの次の道で頑張って欲しいと思います。


せっかくなので過去の写真から何枚か。

これは2010年11月28日の北九州戦の前に行われたOB対ユースの試合前にとったチーム写真。後列左から仔馬、上村健一、北川佳男、佐藤祐介、濱田照夫、有村光史、小林弘記。前列左から大瀬良直人、熊谷雅彦、山口武士、松下邦昭、河野健一。

武士と言えば何となくこの切り返し

初代22番の大瀬良。彼の左足のプレースキックもすごかったのです

ENGカメラで遊ぶ仔馬。相変わらずですね(笑)

チームができて11年。
初年度にもっとも若かった遠藤真仁選手(横川武蔵野FC)が昨年末引退し、また熊本では加藤さんがチームを離れ、吉井、矢野、原田といった選手が引退。
本当にひと区切りついて、次のフェーズに入っていくことを実感します。

チームがステップアップして行くにはどうしても避けて通れないことではありますが、今まで在籍した全ての選手、スタッフのおかげで今があるんだということを忘れず、私も取材を続けていこうと思います。

そして近いうち、まだ皆がそこそこ走れて、アキレス腱を切ったりする心配をしないで済むうちに(笑)、ぜひともエキシビジョンでOB戦を企画してもらいたいと思います。






2015年1月11日日曜日

やっぱりペンケースは便利である

お正月にお年玉をもらった子どもたちは、もう何か欲しいものを買った時期でしょうか。

子どもにとってお年玉はやはり大きな額になるので、「お母さんが預かっておきます」なんてケースはどこの家庭でもあると思いますが、最近、ちきりんさんの書いたこの記事

「全国の子どもたちに告ぐ:お年玉はソッコーで使うべき!」

を読んで「なるほどなあ」と思ったので、うちの娘が欲しいものがあるということで奥さんが「どう思う?」と相談してきた際にも、「買わせていいんじゃない?」と返答しました。何を買ったんだっけな、ちょっと覚えていませんけれど。

自分が子どもの頃を思い出しても、初めてのサッカーボールやスパイクなど、結構な額のモノを買ったことは記憶に残っています。


さて、少し話は違いますが、小学生の頃は新学期や進級のタイミングで筆箱を買い替えるのが楽しみの1つでした。初めは箱形(鉛筆を差し込む例のヤツ、ボタンを押すと消しゴムの部屋が飛び出したりするヤツですね)、高学年になっていくと袋型のファスナーで開け閉めするタイプ、そして中高生になると缶ペンケース、という変遷を辿った方が大半ではないかと思います。

しかし大人になりますと、筆箱というものはあまり使いません(使っている方もいるかもれませんが、私はもうずいぶん、使っていませんでした)

で、ノートやスケジュール帳にポンと挟んでおくとか、バッグのポケットに突っ込んでおく、というスタイルをずっと続けてきたわけですが、それだと当然、いざという時にどこにやったか分からなくなっている、という状況が生じます。それも頻繁に。

言うまでもなく、ライターという仕事をしている私にとっては筆記具はなくてはならないツールで、取材現場に着いていざ取材!となった段階で「書くものがない!」と慌てたことは、恥ずかしながら2度や3度ではありません。

というわけで、今さらながら昨年11月頃から、本当に20数年ぶりくらいに筆入れを使いはじめました。

ごくシンプルなファスナー式のケース

確か無印良品の商品です。(写真と同じタイプのものは現在は絶版になっている様子)
新たに購入したのではなく、もともと、爪切りや耳かき、爪楊枝なんかの細々としたものをまとめて入れていたのですが、ほぼ携行していなかったので、この機会に筆記具入れに転用することに。


するとやはりこれが結構、いや、かなり便利なのですね。

収納力もじゅうぶんありますし



















とにかく、仕事の周りで使う可能性のある筆記具関連を片っ端から突っ込みます。

・ボールペン 3本
・シャープペン 3本
・マジック 太2本/細1本
・15cm定規 1本
・スティックタイプの消しゴム 1本
・カッター 1本
・消しゴム 1個

が入ってますが、もう少し余裕があります。


改めて、こうして使うようになるとやはり便利。

これごとカバンに入れ忘れてしまうとそれはまた大変なわけですが、それなりに大きさがあるので毎日出し入れしても出かける際に入れ忘れる、ということは今のところありません。


シャーペンやボールペンの替芯、カッターの替え刃などを入れるとなるともう少し収納するものを絞り込まなくてはいけないかと思いますし、デザイン系の仕事をされている方の場合はもう少し大きめの入れ物を使うのが一般的かもしれませんが、ひとまず私にとってはこれくらいがちょうどいいサイズです。



2015年1月9日金曜日

照明の妙。

昨日ですが、益城ルネサンス熊本FCの監督や選手、関係者が蒲島郁夫県知事を表敬訪問するというので取材に。

知事室は県庁5階にありますが、メディアも含めてゾロゾロと知事室に入るわけはなく、廊下を挟んだ応接室で約20分の会談。やはり全国リーグへの参入ということで(と解釈してますが、まぁ県庁の記者クラブからなんでしょうか、実際は)メディアは思った以上に多かったです。おそらくテレビは全局、ペンも熊日さん以外に数社来ていた模様。

(余談ですが、終わってから監督と少し話をしている間にメディアもはけたのですが、どちらかの記者さん、取材メモを書いたノートを置き忘れて行ったようで、県職員の方が「違いますか?」と聞いてこられました。大丈夫だったかな…)

表敬訪問の様子、八木監督に聞いた新シーズンに向けての話は、やはり先日のイベント同様、kumamoto football journal の1月号でお知らせしますのでそちらをご覧いただくとして。

私、今回おそらく初めてこの部屋に入ったのですが、帰ってから撮ってきた写真を見て気付いたのが、非常に照明が計算されているということ。

テーブルを囲む形での会談の時点では気付きませんでしたが、その後関係者揃っての記念撮影を終え、八木監督の囲み取材の様子を撮った写真を見て気付いたのです。



分かりますかね?

天井からの照明の光が非常に良質なのです。

自分がテレビの仕事をしたことがあるから、ではなくて、取材の現場でテレビのクルーと一緒になるケースは少なくないので分かるのですが、室内でこうした囲み取材をする場合、ENGカメラの横にはバッテリーライトを持ったスタッフがいるのが一般的です。

ところがこの写真を見れば分かる通り、バッテラを持ったスタッフはいません。つまり不要ということなんでしょう。光がいいから。

テレビの方々はそれを知った上で八木監督にここに立ってもらい、自然光に近い状態の光が当たる向きから録っている、ということですよね。

おかげで私が撮った八木監督の写真もストロボを使っていないのに良い出来。

きれいに光が当たってます。


以前、インテリアコーディネーターの方に取材をした際、照明の効果についていろいろと話を聞いたことがありますが、やはり光の具合で印象は大きく変わるもの。

テレビ映り等も考慮されて造られた部屋であり、それを考慮して録っているのだなと、今さらながら「はぁ〜」と感じ入りました。


仕事をしているといろんなことに気付かされます。


2015年1月8日木曜日

誰が何を求め、何をしようとしているのか。

今朝(7日)の朝刊(私が購読している熊本日日新聞)の社会面に、ジャーナリストの「むのたけじ」さんが100歳を迎えたという記事が載っていました。さいたま市在住と記事にあったこと、あとは署名記事ではなかったことなどからおそらく通信社からの配信ものだと思うので、他の地方紙やブロック紙を購読されている方も目にされた方がいるかと思うのですが、自分にとっても刺さることが書かれていたので、記憶に留めておく意味でもここに残しておこうと思います。

むのたけじさんというのは
秋田県生まれ。旧制県立横手中学校(秋田県立横手高等学校の前身)から東京外国語学校卒業。報知新聞記者を経て、1940年朝日新聞社に入社、中国東南アジア特派員となるが、敗戦を機に戦争責任を感じて退社。1948年秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊、反戦の立場から言論活動を続けた。(wikipedia)
とあります。上記「敗戦を機に戦争責任を感じて」という箇所については、熊日の記事によれば
「負け戦を勝ち戦と報じ続けてきたけじめをつける」。1945年8月の終戦を受け朝日新聞社を退社。故郷の秋田県横手市でミニコミ誌「たいまつ新聞」を発刊し、30年間、反戦記事を書き続けた。
と書かれています。
ちょっと話が戻りますが、今回どういう取り上げ方をされているかというと、もちろん100歳になったのがニュースなのですが、見出しにはベタ抜きで「今の日本は戦争のにおいがぷんぷんする」とあり、100歳になるまでずっと反戦の立場で取材執筆活動をしてきたジャーナリストの目から見て、そういう時代に映る、という警鐘なわけです。

で、記事中では先の衆院選の投票率の低さを挙げて「52%なんて国は主権在民とは言えない」「国民は自分たちの意見が反映された生きた政治にするために、考え、もだえるべき」といった意見を述べておられる。近衛文麿と東条英機にも取材した経験があるらしく、安倍晋三首相がそこに重なって映るようで、特定秘密保護法制定や集団的自衛権行使容認に、見出しの言葉が出た、ということのようなのですが。

私がこの件を残しておこうと思ったのはこの記事について直接、何か言いたいということではなく、記事中でおっしゃっていることが(もちろん上述の文脈で述べておられるのだけど、それに限らない汎用性のある考え方として)響いたからなのでした。それは次の一節。
「安倍さん個人の話ではない。彼を全面に押し出し、日本を変えようとする政治、経済界の勢力がある。誰が何を求め、何をしようとしているのか。それを明らかにするのが記者の務めだ」
 これです。

目に見える事象を通して、あれがどうだから結果こうなった、ということは誰でも言えるし書けるわけですが、ではその事象の裏では、何が(誰が)どんな思惑で動いて、どんな言葉で、どう働きかけて、メンタルの力が作用して、そういう事象が起きたのか。そこにこそ、目を配らなければいけない。

新たな年が始まったこの時期からこれから迎える新年度にかけて、企業では人事異動があったりしますね。で、当然、そこには何らかの思惑や意図がある。

私は企業の人事については取材しませんし記事も書きませんが、それに近い局面を目の当たりにしたり話を漏れ聞いたりすることが全くないわけではありません。つまり自分の仕事の周りにおいても、そうした「奥にあるものを見る」ことに務めなければ、表面的なことしか捉えることができない。

ということで、自分への戒めとしても非常に響く、大先輩の記事でした。

2015年1月6日火曜日

プロの技を間近で。

朝から宇城市小川町まで取材に行ってきた。今年で2回目を迎える『ハヤカワJr.サッカー2015  in 宇城アカデミー』です。
もともと、主催であるハヤカワスポーツに勤務する長尾さんが、縁のある県出身のJリーガーに声をかけ、中学生たちと年末に親善試合を行っていたのが始まりだそうで、より多くの子どもたちにプロ選手と接する機会を設けようということで、昨年から対象を小学3、4年生に絞り、年明けに開くことになったとのこと。

時折小雨がぱらつく天候の中、集まったのは8クラブ80人の子どもたちと、六反勇治選手(横浜Fマリノス)、西弘則選手(大分)、岡本賢明選手(熊本)、森川泰臣選手(熊本)、杉山哲選手(札幌)、畑本時央選手(金沢)、そしてかつて熊本でもプレーして夫人が熊本出身である高橋泰選手(讃岐)の7人。

まずは3グループに分かれてウォーミングアップを行い、8チームによる総当たり戦のミニゲーム大会のあと、優勝チームとプロ選手たちのエキシビジョンマッチ、そして最後は、子どもたち80人対プロ7人+長尾さん+アシスタントで来ていた鎮西高校サッカー部員というスペシャルマッチを実施。ボール2個でスタートしたのですがその後なぜかボールが増えていて、もう訳が分からない状態になっていましたが(笑)、とても楽しそうでした。

こうした催しが開けるのも、熊本から少なくないJリーガーが出ているからですし、選手達が無償のボランティアとして快く参加しているのは、やはり地元の子どもたちのためにひと肌脱ごうという気持ちがあるからでしょう。

「自分が子どもの頃にも、原田拓さんや藤本康太さんが来てくれて、一緒にボールを蹴ったことがあります。実際に間近でそのプレーを見ると、プロ選手の上手さやすごさがリアルに分かるし、その体験やその時にかけてもらった言葉は一生残っていくと思う。今後も機会があれば積極的に参加して、1人でも多くの子どもと接して声をかけたい」と、今回初めて参加した熊本の森川選手は話していました。




詳細は、kumamoto football journal の1月号で紹介する予定です。

2015年1月4日日曜日

新年ご挨拶

あけましておめでとうございます。

ずいぶん間が空いてしまったな…。

振り返ると直近のエントリーが高校総体決勝前なので、秋から冬にかけて4ヶ月間もほぼ放ったらかし、という状態でした。そんな中でも見にきていただいていた方もおられたようで…、大変申し訳ありません。今年はマメに更新していこうと思っております。そのため、記事カテゴリーを再編、分かりやすく日本語表記にしたり、リンク先なども含めブログの設定を見直したりしています。これからもちょこちょこといじっていくかもしれませんが、どうぞよろしくお付き合いください。

さて、この間、実にいろいろなことがありまして、整理できてないこともあるのでここで全部は触れられないんですが…、ロアッソ熊本に関しては多くの方がそう捉えているように、1つの時代が終わったな、という印象ですね(もちろん悪い意味ではなく)。2013年で福王選手が満了になり、このオフシーズンには吉井選手と矢野選手、原田選手が引退、さらに加藤さん、ヨッシー、永尾さんと、長くいた方がチームを(クラブを)離れることになりました。
私としてはみんなそれぞれにお世話になったこともあって大変残念ですが、こうした人の入れ替え、言わば代謝は組織においては時に必要なので(選手の引退は話が別です)、致し方ないことなのかなとも思います。ただ、であれば…、というところもあるのでね、そういうところに対してもしっかり評価、査定される仕組みも、これからは必要になってくるのではないかという気がしてます。
一方で来シーズン、いやもう今シーズンですが、引き続き小野剛監督が指揮を執ることが決まり、引退や契約満了を受けても戦力的に大きなダウンにならないよう、と言うかむしろ若干アップ、とも見える的確な補強が進んでいるようで、今シーズンは昨年以上に期待できると確信してます。非常に楽しみです。

まぁいろいろ書きたいことはあるのだけど…、昨年、【kumamoto football journal】というwebマガジンを始めまして、これ関係の取材で高校に行く機会が少し増えてきました。で、今年の初仕事となった昨日3日は、古巣であります『月刊タウン情報クマモト』の編集部H野様からのご依頼を受け、ルーテル学院高校の初蹴りにうかがい、オーストリアでプレーする同校OBの秋吉泰佑選手に話を聞いてきました。

内容は、2月27日発売のタンクマ3月号及び今月公開分の【kumamoto football journal】でご覧いただくとして…、私のなかでは今だにルーテルも新興チームだというイメージでしたが、小野秀二郎先生によれば、もう共学化して今年で14年目になるとのことで、改めて月日の流れの早さを感じた取材でした。そりゃOBだって増えていくわ。

昨日は熊本の岡本賢明選手、反町さんに鍛えられて山雅の昇格に経験し今年は仙台に戻る山本大貴選手、長崎から神戸に戻る三原雅俊選手などJリーガーも数名来てましたが、取材した秋吉選手がオーストリア、3年前の世代でキャプテンを務めた伊藤卓選手がドイツ4部と海外でプレーしている選手もいて、現役の選手達にも大きな刺激になるでしょうが小野先生も感慨深げで、OBたちがかわるがわる小野先生に挨拶に来る様子を横で見ていた私も感慨深くなったものでした(笑)。
というのも、そのルーツのところで少し取材をした経験があるからなんですね。

まずは九州女学院高校からルーテル学院高校に変わる時に「九女最後の世代」に話を聞きまして、そして男子の1期、つまりサッカー部1期で初代キャプテンを務めた森山大地君が卒業する時にも話を聞いた記憶があります。で、昨日はその森山君にも12年ぶりに再会。彼は卒業後、福岡大に進んでプロを目指していたのだけど、左目の視力が落ちてトップレベルでプレーするのは難しくなったらしく、FC刈谷、FC鹿児島などを経て4年ほど前に熊本に帰り、今は生命保険の営業の仕事をしつつ、熊本県リーグの1部のチームでコーチ兼選手としてサッカーに関わっているとのことでした。向こうも私のことを覚えていてくれたのがとても嬉しかったんですが、サッカーの周りにいると、こういう再会が毎年いくつかあります。幸せなことです。

というわけで、サッカー関連のエントリーがやや多くなるかなとは思いますが、それ以外にも「日々のこと」「買ったもののこと」「道具のこと」「食べ物や飲み物のこと」「なんかうまく言えないけど考えてること」なども取り上げていきます。


今年もどうぞよろしく、お願い申し上げます。