2012年12月30日日曜日

2012振り返り〜後編

その②は仕事以外編。

とは言え、基本的には仕事が軸にありつつ、その周りで起きたことなわけですから、
テーマとしては「人間関係編」ということになりましょうか。

2012年を人間関係というアングルから振り返ると、浮かび上がってくるのは再会というキーワードだったのではないかと、個人的には感じています。実にいろんな方と再会した1年でした。

フリーになる前に勤めていた会社に入った直後、社会人になりたての頃に取材に行った店に実に18年ぶりくらいにうかがう機会があり、マスターの名前とともに、いただいた名刺の手触りまで瞬時に思い出したり、依頼を受けて取材に行った店のオーナーさんが中学時代の部活の先輩だったり、それからフェイスブックなどを通じて同級生や先輩・後輩と再びつながったり、あるいは(再会とは違いますけど)、会う方と私の間に共通の知人がいて実は過去に接点があったかもしれない存在だと分かったり。そんな感じで。

原則として生活拠点が変わらなければ、大人になったことによる延伸以上に劇的に行動半径が広がるわけではないので、業務の特性から言っても、そうした【過去に縁のあった方々】と再会する可能性は、普通の方よりやや高いのは確かだと思われます。
当然、20年弱似たような仕事をしていれば、少なからずそういうケースはある。しかし裏側から見るとですね、要はそれ=最初の接点=が次につながってなかったからこそ、「実に久しぶり」に会うことになってしまっているんだよね。つながってなかったっちゅうか、つなげきれなかったっちゅうか。

今年からお受けし始めた人物取材も含め、仕事を通してたくさんの人と会わせてもらっているのですが、それらが財産というか糧というか、もっと簡単に言うと経験として蓄積されているかと言えば、我ながら疑問符がつくことを否定できないふがいなさ。冷静に考えれば広がるものも広がらないわな。

使わなければシナプスが退化するように、人とのコネクションも放っておけば往来はなくなり、いざ必要となった時に使い物にならない。ってなことになってしまうと(つーかもうそんな感じなんですけどね)、せっかく人とつながる仕事をさせてもらえている意味がね、なくなってしまうじゃないかと、ことあるごとに思うのですが、喉元過ぎれば、なんだよねこれが。

2013年はそのあたりで、せっかくのご縁をしっかりつないでおくための工夫が必要だなあと、痛感しております。

というわけでひとまず、
2013年もどうぞよろしく、お願い申し上げます。

2012年12月29日土曜日

2102振り返り〜前編

今年もあとわずかとなりました。

とりあえず今日の午前中の取材仕事を最後に、今年の業務は終了となりました。

毎年1年が過ぎる早さは少しずつ早くなっていると感じるものだけど、そのスピードが今年はとても早かったなという印象。一方で何ができたかというと大したことはできず、特にここではJ関連でちょこちょこと書いていこうと思っていたにも関わらず、ほとんど書けずじまいでした。1年というか、この3年に関しては改めて記録として残しておきたいこともあるので最後にとっておくとして、それ以外の仕事について第1弾として2013年を振り返ってみます。

手帳をパラパラ……。

まずはグルメ系ムック本のお手伝いから今年はスタートした模様(すでに忘却の彼方)。
その後シーズン開幕前の名鑑ものなどにかかり、U社様の別冊を同時進行でちょこちょことやらせていただいた。

今年からお受けした仕事の中では、K日様のフリーペーパーに掲載されている人物インタビューもののコーナーをもう1人別のライターさんと2ヶ月交代で担当しました。
人物インタビューに関してはフリーになった時点から力を入れていきたいジャンルであり、まぁまぁ苦手ではないものではありましたが、定期的なペースで受けるとなるとなかなかそのサイクルに慣れるのも難しく、テーマの選定から人選などに腐心し、さらに原稿作成の時点でも違いを出すのに苦慮しました。
1本のヴォリュームはさほどないのでポイントを絞って構成することになるわけですが、それぞれの対象をイメージしやすいような要素を入れこむ工夫が必要で、プロットのひな形をある程度作っていればスムースではあるものの、それをどんだけ崩して新鮮さを出すかという部分は今後も引き続き課題となりましょう。
とは言えこの取材で半年間に16名の方に話を聞きました。
その内訳は…、
ゴールキーパー、救命医、キャリアカウンセラー、樹木医、漁師、学芸員、農家、カナダ人ALT、科捜研の女、アナウンサー、皮専門クリーニング店、新幹線を洗う人、宮大工、スジ屋(電車のダイヤ編成)、税関職員、宿オーナーとその職業は実に多彩で、大変刺激になりました。

それから昨年に続いて秋口にはラーメン本の編集を担当。
前回は一部記事執筆も担当させてもらいましたが今回は進行に専念し、前回よりはスムーズに進められたかなという感じ。上がりも良いと思います。

そしてK日様の70周年記念号をライター仲間のN君からの依頼で一部担当し、こちらでもインタビューものを1本受けましたが、これが非常に濃厚であった。対象の方が自分の職業の延長上にいらっしゃるノンフィクション作家さんだったこともあって参考になることが多々ありましたが、これまた少しでも来年以降に生かしていかねばというところであります。

あとはC社様に(自分史上初めて)売り込みと言いますか営業のようなものにうかがい、航空F社関連のお仕事をいただいて北海道、長野、名古屋と出張取材。タイトなスケジュールで他の仕事とかぶるタイミングではあったものの、旧知のフォトグラファーSさんと同行だったので道中いろんな話ができたのも良かった。
その後お話がないのであまり評価していただけなかったのかもしれないのですが。。

んで、サッカーの取材では岡山への車での遠征と年末の天皇杯名古屋と、未踏の地へ行くことができた。クリスマスのフットサルができなかったのが心残りです。


まぁ、いろいろと細々とやらせていただいたのではあるが、
昨年あたりからの同業者様の動きを見ている中で、自分でも何らかのアクションを起こさねばということを切に感じております。それがどういうスタイルなのか、誰に向けて何を発信していくのか、そういったことを思案しているわけですけれど、これという結論はまだ固まる所まで至っておりません。

とは言え、別の取材で先週うかがったとある企業の社長さんがおっしゃっていた、
「何でもやってみないと始まらない」
という言葉が鮮烈に耳に残っている年の瀬。

後厄ですがしんどかった2年(3年?)を抜ける来年、
そろそろ動かねばなるまい、と感じているところであります。


では、また。

その②へ続く。

2012年12月19日水曜日

音楽にはかなわない…んじゃないか。

ひと月ほど前ですが、
とある方からライブをやるにあたっての準備に加わってもらえないか、という連絡をもらいました。

結果として諸事情によりこのライブはちょっと延期ということになったのですが。

準備に加わると言っても、音響とかイベント運営について私は全く分からないわけで、先方の考えとしては、フライヤーや企画書に記載する文章を考えてくれ、ということでした。

この方とは長い付き合いで、私が社会人になってすぐの頃に仕事で知り合い、その後ちょこちょことお願いしたりされたりという時期を経て、ずいぶん長いこと(入院されたり各地を回られたりで時間もなかったんだけど)会う機会がなく、先日ほんとに数年ぶりに会ったわけです。

容姿も、それから何と言うか、(本当はそうじゃなくても)アッケラカーンとした雰囲気も変わらず、それはそれで嬉しいことでね。
で、話が進み始めて、企画を立ち上げた方、フライヤーなどデザインを担当する方(こちらも旧知の先輩)、そしてライブの時に音響を担当する方、そしてご当人と私の5人が集まる形で一席設けられて、お酒を飲みながらいろいろと話したわけです。

そのとき、話を受けた時から気になってたことがあったので聞いてみた。
「そういう大事な催しに、私の書いたものを使っていいんですか?」
するとこうおっしゃる。
「なん言よっとね、アンタだけんいいとたい」

これは非常に嬉しかったんだけど、こういわれるとますますプレッシャーに感じるものでして。なぜそう思うのかっていうのを、それから考えてみたのですが、自分の中で結論はこう出た。
つまり、音楽に文章はかなわない。ということで。

どっちがいいとか悪いとかってことではないし、もちろんそれを表現する目的には共通する部分もあれば違いもあるし、例えば逆の立場であれば感じ方も逆になるのかもしれないけれど。

この人がやっている音楽を表現するために書く文章は、この人がやってる音楽そのものにはかなわないんだ。

この方に限らず、音楽をやっている人の言葉のセンスに触れると、いつもハッとさせられる。
そりゃそうだ。限られた文字数=音数に思いやメッセージを伝わるように込めるんだから、だらだらと垂れ流すように文章を書く私のような書き手の表現に比べたら、何倍も洗練されていて、何倍も鋭く、深い所まで届く。おまけにそのことばにメロディがつけられて、楽器の音と歌い手の声が重なって、生で聞けば場の空気も聞く人を包むんだもの。
文字で書かれた文章がかなうわけがない。

こういう感覚は、写真を撮る人や絵を描く人と接する時にも感じるんですよね。映像はもちろん、もっと広げたら料理や建築も表現なわけで。

そう考えると、何かについて書いたものというのは、その書いた何かを補完するものでしかなくて。もちろん人のコミュニケーションの大部分はことばで成り立ってはいるんだけど、それが全てではないし、そこに頼り切ってしまうことの弊害もある。だからって蔑ろにするわけにはいかないという。

その価値を十分理解した上で、それ以上のものを付加できるようなものを作っていかなければなぁと感じますな。自分がやってることは文芸じゃないけど、まぁ何にしてももっと磨かないかんということは間違いなさそうです。