2011年6月24日金曜日

人の縁について

今朝方、祖母が亡くなりました。
嫁の祖母なので義祖母ということになります。
97歳、死因は(診断書見ましたが)老衰。言わば大往生であった、と言って良いかと思います。

名前はサクばあちゃんと言いました。

生まれは神奈川県横須賀市。旦那さんが料理人として営んだ料亭で女将として働き、6人の子をもうけ、6年前に次女である私の義母が住む熊本へやってきた。

嫁さんの話によれば、かなり厳しいばあちゃんであったらしい。確かに、そんな面影はありましたね。

6年前、空港へ迎えに行った際、僕はこう言われたものです。

「わざわざすまないねぇ、運転手さん」


いや、あなたの孫の婿です。そこには若干の皮肉があったのかもしれませんが(笑)。

しかしサクばあちゃんは、その孫に対してもきついこと言うのです。

うちの娘を連れて見舞いに行くと(晩年は入院していたので)、誰か分かる?と問いかけるとこう言ったと聞きました。

「●●(うちの娘=ばあちゃんにとってのひ孫)の親」

キツイ(笑)。

実は昨日の時点で病院から連絡を受け、あまり永くないかもということで嫁と子どもは見舞いに行きました。

そして今朝。
6時半ごろ入電、心拍が落ちてるとの連絡を受け、それなら早めに娘を幼稚園へ送って病院に顔出さねばね、という話をしたのもつかの間、その30分後に「亡くなった」との連絡がありました。

当地の身寄りは次女にあたる義母と孫にあたる私の嫁のみで、葬儀は横浜で執り行なわれるのですが、それまでには時間があるため、明朝火葬となります。

正直に言えば、この6年の間も僕が直接接した機会はおそらく10回に満たないくらいで、血縁関係にはありますが、さほど身近ではありませんでした。

しかしながら、この方が6人の子をもうけて、そのうちの1人が私の奥さんとなる子をもうけたからこそ、今の私と私の子はある。

そう思うと義理の祖母とかいった血縁の遠さは関係なくなってきて、例えば嫁が親戚に電話する際に涙声になっているのを耳にして、こちらも涙腺が緩んだりするのです。


そんなわけで、明朝の火葬に備えて現在遺体の一時預かり(という表現はおかしいが)というか、安置されている斎場にてこれを書いています。

飲んでますけど酔いませぬ。

2011年6月7日火曜日

運動会にて

先週末は、子どもの通う幼稚園の運動会でした。大変天気が良くて、午前中だけだったにも関わらず日焼け。しかもお日様の方を向いてたふくらはぎと首という、背面の方が集中して灼けました。オッサンですけどハーフパンツだったので。

さてその運動会ですが、幼稚園最後ということもあって気合を入れて撮影に臨みました。300mmの望遠レンズをつけ、一眼で高速連写。機材も含め、毎日ではなくとも仕事でスポーツの写真を撮ってきて良かったなぁと思えるのは、こういう機会でもなければあまりありません。おかげで、まぁまぁいいカットが撮れました。

それはさておき、すごく真剣な表情で走っているカットが何枚もあって驚きました。子どもは一生懸命です。

うちの子も終わってから「かけっこビリだった~」って笑いながらも言っていましたが、幼稚園でも年長ともなればやっぱり、負けると悔しいんでしょう。

クラス対抗でやるリレーとか障害物競走とか、放送担当の先生が競技が終わって結果をアナウンスするんですが、

「●組さん、1位!」「ワーイ!」
「●組さん、2位!」「ワーイ!」
「●組さん」3位…」「…ワー…」


といったかんじで、最下位のクラスは子どもたちもあんまり盛り上がらないというか、喜ぶまでに一瞬、間があるんですよね。


子どもながらに、
「1番じゃないのにそんな無邪気に喜べるかよ」
っていう思いがあるのかもしれません。

最近はどうなのか知りませんが、一時期は順番をつけるのがいけないとかで、手をつないでゴールさせるなんていうところもあったようですが。
やっぱり人生、何でも平等ってわけではないので、その辺の理屈というか、競争原理みたいなことは体感させないといけないと思います。


これに関して、スポーツにしても勉強にしても、何かにおいて優れている子は、将来そのことを生かして人の役に立つ可能性が高い、だからそこは大人も、周りの子も認めて褒め称えるべきなのだ、ということを何かで読んだ記憶があります。

何でもいいので、その辺を見つけて伸ばしてやりたいと思うし、伸びていってくれたらなと感じます。


ではまた。